1 はじめに
令和2年10月20日、文部科学省は、学校が保護者等に求める押印の見直しや、学校・保護者等間における連絡手段のデジタル化の推進についての通知を出しました。
通知には、「今回の押印見直しは、学校の業務効率化や保護者の利便性向上を目的にデジタル化を推進するものであり、デジタル化することで、逆に双方の負担が増えてしまうような場合にまで押印省略を求めるものではありません。」と書かれています。
つまり、教員や保護者の負担を減らすことがねらいとなっています。
そこで、一般の教員レベルでこの見直しについて考えてみたいと思います。
2 保護者の押印
学校は、伝えたい重要な内容が保護者に確実に届くようにとか、あとでトラブルが起きたときに備えたいとかの理由で保護者に押印を求めています。文書における押印は、その文書を保護者等が作成したという証明です。
ところが、保護者の印鑑は、ほとんど「認印」であり、安価で買えるものです。また、児童が押すことも可能です。中には、「忙しいから押しといて」と児童に任す場合さえあります。したがって、押印の効果は薄いと言ってもよいでしょう。
このように考えると、「押印」にはいろいろな問題が含まれています。
3 どんなことに見直しが考えられるか
-一般論です。勤務校のこととは限りません。-
(1) 水泳の授業への参加申込み
「マット運動の授業に参加申込みをしないのに、なぜ水泳の授業だけ申込みがあるのですか。」と聞くと、「水泳は、命にかかわるからです。」との答え。
では、マット運動はそういうことはないのかなあと思いました。申込書自体を問いながら、担任は、必死に集めます。やっと持ってきてくれたと思ったら、押印がないなど今まで何回あったことでしょう。
(2) 夏季水泳教室への参加申込み
「水泳の授業の参加申込みをしたのに、なぜまた夏季水泳教室の申込みがあるのですか。」と聞くと、「夏季水泳教室は、教育課程外だからです。」との答え。
だったら以前のように、社会教育にすればといいのになあと思いました。それに教育課程外なら自由参加です。参加しないと言われてもよいはずですが、教員は真面目ですからこう言います。「一応参加するにして出してください。そうすれば急に参加したくなっても大丈夫です。」変だなと思いながらも担任は、必死に全員分を集めます。やっと持ってきてくれたと思ったら、サインだったなど今まで何回あったことでしょう。もうすぐ夏休みだという時期に。
(3) アレルギーなどの連絡
アレルギーなどについて、給食のメニューを確認することがあります。「大切な書類だからしっかりおうちの人に渡してね。」と言ったのに、返ってきたら「サイン」でした。命にかかわることだから、これはだめですか。
(4) 検温
毎日毎日、検温、検温。確認するだけでも大変なのに、押印でなくサインを発見。これもだめですか。
保護者も負担だと思いますが。あっ、似たようなことを水泳の学習がある日に何度もやりましたっけ。
元気いっぱいで水泳をやりたい児童がそれを忘れたばかりにできなくてやりきれない思いをしている姿を何度見たことでしょうか。
(5) 指導案
かつて教育研究会で研究授業をさせていただきました。指導案は200部。押印だけで、結構時間がかかるはずでした。悩んだ末に、やらないことに決めました。今まで、「指導案は他者や外部に見せる公式的な資料だから捺印してください。」と諸先輩方から指導を受けていましたが、不都合は全くありませんでした。
それ以来、「指導案には押印不要」と私は言っています。教員の働き方改革の一環です。
(6) 週案
週案には何のために担任が押印するのでしょうか。きちんと自分が書きましたという証明でしょうか。それとも、責任を表すのでしょうか。管理職の押印は意味があるのでしょうが、担任の押印はいらないと思います。自己申告書にでさえ、押印するところはありません。
(7) 起案書
起案書の押印は、それを作成した人の責任を表すと思います。これは、サインではだめですか。
(8) 転出転入関係の確認
ずらりと並んだ押印。それぞれの責任者の目が通っていることが分かります。これは、サインでもいいのはないでしょうか。
(9) 音読カード
担任は、音読をよく宿題に出します。カードには押印のみをいませんか。音読のめあてを考えれば、保護者のサインだってOKですし、シールとか、さし絵とかだってOKです。
(10) 通知表
通知表に校長印と担任印の欄があります。今まで何回押したことでしょうか。緊張して押印するので、結構時間がかかります。これは、本当に必要なのでしょうか。そのうち、これもデジタル化すると思います。そうなったら、ますます飾りだけの存在になってしまいます。
(11) 挙行報告や出席簿、指導要録
これらは、おそらく各自治体ごとの決まりとして押印の指示があることでしょう。自治体が今後考えるべきです。
(12) 出勤簿
デジタル化を推進して、「ピッ」で済むかと思ったら、従来の出勤簿も生きていて押印しなければならないなんて私から見たら後退です。なぜなら、仕事量が増えたからです。企業では、自分のPCに電源を入れたときに自動的に出勤扱いというのがスタンダードです。早く完全なデジタル化にしてもらいたいものです。数年後は、顔認証システムで、職員室に入ったら出勤扱いになるかもしれません。
(13) 転入、転出、転学届け等
「保護者氏名 ○印」のように、押印を求める形式になってはいないでしょうか。今やこの形式のものがどんどん消えていっています。形式的なものを省いていこうとするのが国の方針です。
(14) アンケート
かつて学校評価が盛んに行われるようになったころ、アンケートだらけになり、担任は、その回収と集計に多大な時間を費やすことになりました。学校を改善するために、授業準備や子供たちのための時間を削っていたのです。
そこで、何とかして担任が時間をかけない方法はないかと探し求めていた末に見つけたのが「マークシート法」でした。自分が全て作成・印刷し、担任が回収します。それを自分が職員室のコピー機で瞬時に読み取り、Excelで集計しました。画期的だったと自負しています。かなりのデジタル化でした。
それが今やWeb上でアンケートを実施しています。印刷もいらない。回収もいらない。そんな今の技術に驚くばかりです。これこそが教員の働き方改革だと思います。
(15) 連絡帳
連絡帳には先生と保護者の押印の欄があります。親が本当に見たかどうかを知るため、必ず保護者に押印してもらうという考えは、確かにあります。けれども、サインだってよいはずです。文章があればサインさえいらないのではないでしょうか。(おそらくそうされているとは思いますが、昔は違いました。)
ただし、児童全員の連絡帳を見るなどの作業をするときは、押印の方が楽です。楽なものは、残した方がよいです。
4 おわりに
押印は公式であることを証明するものであるという一般論が教育界にも浸透していました。しかし、保護者も教員も認印を使用しているのでは意味が薄いし、限定的なものであることを学びました。押印がないからと再提出を求めたり、何度も電話をしたりして担任が大変だったことを思い出しました。きっと保護者も大変だったのではないでしょうか。また、それに伴い、本当に押印が必要なのかという見直しをすることができました。これからの改革に期待したいです。
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